長野地方裁判所 平成9年(行ウ)8号 判決 1999年3月31日
長野県北安曇郡白馬村大字北城七〇七八番地ホ号の二
原告
清水英雄
右訴訟代理人弁護士
野村尚
長野県大町市大字大町三一九〇番地の一六
被告
大町税務署長 櫻井恒男
被告指定代理人
前澤功
同
井上良太
同
服部重雄
同
塚田良治
同
降籏元
同
櫻井勉
同
永塚光一
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告が平成六年三月一〇日付けでした原告の平成二年分(以下「本件係争年分」という。)の所得税に係る更正処分(以下「本件所得税処分」という。)のうち総所得金額八〇五一万九七六四円及び納付すべき税額三三一七万八五〇〇円を超える部分並びに平成二年一月一日から同年一二月三一日までの課税期間(以下「本件課税期間」という。)に係る消費税の更正処分(以下「本件消費税処分」といい、本件所得税処分と合わせ称するときは「本件各処分」という。)のうち納付すべき税額五〇万八七〇〇円を超える部分をいずれも取り消す。
第二事案の概要
一 本件事案の要旨及び争点
本件は、衣料品小売業等を営む原告が、本件係争年分の所得税及び本件課税期間に係る消費税について法定の期限内に確定申告(所得税については青色申告書による。)をしたところ、被告において本件各処分をしたことから、本件所得税処分については<1>更正に関する理由付記の不備、<2>信義則違反、<3>権利濫用、<4>更正期間の徒過、<5>温泉権の譲渡による譲渡所得がいわゆる長期譲渡所得に当たるのに短期譲渡所得とした所得区分の誤りの各違法事由があり、本件消費税処分についても、右の<1>ないし<4>の各違法事由がある旨主張して、本件各処分の取消しを求める事案である。
二 本件各処分の経緯等
原告に対する本件所得税処分及びその不服申立ての経緯等は別表(一)のとおりであり、本件消費税処分及びその不服申立ての経緯等は別表(二)のとおりである。(当事者間に争いがない。)
三 本件各処分の課税根拠等に関する当事者双方の主張
1 被告
(一) 本件所得税処分
(1) 総所得金額=一億六二四三万二三四二円
次のアないしウの合計金額である。
ア 事業所得の金額……………七四九万八九三九円
原告の確定申告書に記載された金額である。
イ 不動産所得の金額……………三一六万五九〇〇円
原告の確定申告書に記載された金額である。
ウ 総合課税の短期譲渡所得の金額……………一億五一七六万七五〇三円
別表(三)のとおり、次のⅠの金額からⅡ及びⅢの合計額を控除し、所得税法三三条三項本文括弧書きの規定により後記(2)の金額と相殺した後の金額からⅣの金額を控除した金額である。
なお、原告は、平成二年一月、訴外センター観光開発株式会社(以下「センター観光開発」という。)に対し、長野県北安曇郡小谷村字猫鼻三六七〇番ほか三九筆の土地三万七〇七七・二一平方メートル(以下「本件土地」という。)に係る温泉権並びに本件土地に存する建物、水中ポンプ、短波治療器、プレハブ及び風呂施設(以下、これらを総称するときは「本件譲渡資産」といい、その譲渡を「本件譲渡」という。)を譲渡をしたが、本件譲渡資産のうち水中ポンプ及び短波治療器は平成元年五月に、温泉権は昭和六三年一二月にそれぞれ取得したものであり、右取得の日以後五年以内に譲渡されたものであるから、右の各資産の譲渡による所得は、所得税法三三条三項一号に規定する総合課税の短期譲渡所得に該当する。
Ⅰ 総収入金額……………一億八七八三万四六八二円
右金額は、別表(四)のとおり、本件譲渡資産のうち水中ポンプ、短波治療器及び温泉権の譲渡金額一億八七三三万九六八二円と車両及び什器を下取売却した金額四九万五〇〇〇円との合計一億八七八三万四六八二円であるが、右譲渡金額の内訳は、水中ポンプについてはその未償却残高である二七五万九六二七円、短波治療器については右同様の九三万四四八三円、温泉権については本件譲渡資産の譲渡額二億四五〇〇万円から温泉権以外の資産の譲渡金額の合計六一三五万四四二八円を差し引いた金額一億八三六四万五五七二円である。
Ⅱ 取得費……………四〇六万七一七九円
別表(四)のとおり、水中ポンプについてはその未償却残高である二七五万九六二七円、短波治療器については右同様の九三万四四八三円であり、車両及び什器については原告の確定申告書に記載された三七万三〇六九円であり、以上の合計額が取得費となる。
Ⅲ 譲渡費用……………二四〇八万六五三一円
本件譲渡に係る手数料(九〇〇万円)及び仲介料(二二五〇万円)の合計額三一五〇万円について、本件譲渡資産の収入金額二億四五〇〇万円のうち総合課税に係る譲渡資産の収入金額一億八七三三万九六八二円の占める割合に基づき算出した金額である。
Ⅳ 譲渡所得の特別控除額……………五〇万円
所得税法三三条四項に規定する金額である。
(2) 分離課税の短期譲渡所得の金額=△七四一万三四六九円
次のアの金額からイ及びウの合計額を控除した金額である(本文及び別表において△は損失金額を表す。)。
なお、本件譲渡資産のうちプレハブ及び風呂施設は平成元年五月に取得したものであり、譲渡した年の一月一日においてその所有期間が五年以下であるので、本件譲渡による所得は、租税特別措置法三二条一項(平成七年法律五五号による改正前のもの)及び同法施行令二一条二項(平成三年政令八八号による改正前のもの)に規定する分離課税の短期譲渡所得に該当する。
ア 総収入金額……………五七六六万〇三一八円
右金額は、別表(四)のとおり、本件譲渡資産のうちプレハブ及び風呂施設の譲渡金額であるが、内訳は、プレハブについてはその未償却残高である五九六万五二四〇円、風呂施設については右同様の五一六九万五〇七八円である。
イ 取得費……………五七六六万〇三一八円
別表(四)のとおり、プレハブについてはその未償却残高である五九六万五二四〇円、風呂施設については右同様の五一六九万五〇七八円であり、以上の合計額が取得費となる。
ウ 譲渡費用……………七四一万三四六九円
前記手数料及び仲介料の合計額三一五〇万円について、本件譲渡資産の収入金額二億四五〇〇万円のうち分離課税に係る譲渡資産の収入金額五七六六万〇三一八円の占める割合に基づき算出した金額である。
(3) 所得控除額=六三六万二六〇〇円
社会保険料控除(五一万九六〇〇円)、生命保険料控除(五万円)、損害保険料控除(三〇〇〇円)、寄付金控除(四九九万円)、扶養控除(四五万円)及び基礎控除(三五万円)の合計金額であり、原告の確定申告書に記載された金額である。
(4) 課税総所得金額=一億五六〇六万九〇〇〇円
前記(1)の総所得金額一億六二四三万二三四二円から前記(3)の所得控除額六三六万二六〇〇円を控除した後の金額(ただし、国税通則法一一八条一項の規定により一〇〇〇円未満の端数を切り捨てた後のもの)である。
(5) 納付すべき所得税額=七四一三万四五〇〇円
前記(4)の課税総所得金額に所得税法八九条(平成六年法律一〇九号による改正前のもの)の規定による税率を乗じて算出した金額である。
(6) 処分の適法性
本件所得税処分における納付すべき税額は六九一万二〇〇〇円であり、被告が本訴において主張する納付すべき税額の範囲内であるから、右処分は適法である。
(二) 本件消費税処分
(1) 課税資産の譲渡等の対価の額=三億三二三三万一三九六円
次のアないしウの合計金額である。
ア 不動産所得に係る総収入金額……………三二八万五〇〇〇円
原告の確定申告書に記載された金額である。
イ 事業所得に係る総収入金額……………八三五五万一三九六円
原告の確定申告書に記載された金額である。
ウ 譲渡所得に係る総収入額……………二億四五四九万五〇〇〇円
平成二年分の総合課税の短期譲渡所得に係る総収入金額一億八七八三万四六八二円と同年分の分離課税の短期譲渡所得に係る総収入金額五七六六万〇三一八円の合計金額である。
なお、本件譲渡は平成二年一月になされたものであり、本件課税期間に係る譲渡の対価である。
(2) 課税標準額=三億二二六五万一〇〇〇円
前記(1)の額に一〇三分の一〇〇を乗じて算出した金額(ただし、国税通則法一一八条一項の規定により一〇〇〇円未満の端数を切り捨てた後のもの)である。
(3) 課税標準額に対する消費税額=九六七万九五三〇円
前記(2)の課税標準額に消費税法二九条(平成六年法律一〇九号による改正前のもの)所定の消費税率一〇〇分の三を乗じて算出した金額である。
(4) 控除対象仕入税額=七七四万三六二四円
前期(3)の金額に消費税法三七条一項(平成三年法律七三号による改正前のもの。以下同じ)所定の割合である一〇〇分の八〇を乗じて算出した金額である。
(5) 納付すべき税額=一九三万五九〇〇円
消費税法三〇条(平成六年法律一〇九号による改正前のもの)及び三七条一項により前記(3)の税額から前記(4)の控除対象仕入税額を控除した金額(ただし、国税通則法一一九条一項の規定により一〇〇円未満の端数を切り捨てた後のもの)である。
(6) 処分の適法性
本件消費税処分における納付すべき税額は一九三万五九〇〇円であり、被告が本訴において主張する納付すべき税額と同額であるから、右処分は適法である。
2 原告
原告は、本件各処分の根拠となる事実につき、本件譲渡が平成二年一月に行われたこと及び温泉権が昭和六三年一二月に取得されたことを否認するほか、その余の事実については明らかにこれを争わない。
四 本件各処分の違法性に関する当事者双方の主張
1 原告
(一) 本件各処分の違法事由
(1) 理由付記の不備
本件所得税処分に係る更生通知書には、本件譲渡による所得が譲渡所得に該当する旨記載されている。しかし、本件において問題なのは右所得が短期と長期のいずれに区分されるかという点であり、最も重要な総合短期譲渡所得に該当する旨の理由が記載されていない。したがって、右の更正通知書には青色申告書の更正に必要な所得税法一五五条二項に規定する理由が付記されていないこととなり、本件各処分は違法である。
(2) 信義則違反
原告は、本件当時、申告手続について訴外戸谷博税理士(以下「戸谷税理士」という。)に依頼してこれを行っていたが、戸谷税理士が平成元年一二月二四日松本税務署に赴き、本件譲渡による所得の区分について相談したところ、同税務署の征矢平統括国税調査官(以下「征矢調査官」という。)は、本件譲渡が一時所得に該当するとの指導をした。また、原告は、平成元年に本件とは別の温泉権又は掘削権を訴外ホテル国富に代金八九八万円で譲渡したことがあったところ、平成元年分の所得税確定申告において戸谷税理士の関与の下、右譲渡による所得を一時所得として申告したのに、被告は、修正申告を求めるなどの事後的措置を執らなかった。以上により、税務官庁は、温泉権の譲渡による所得について、一時所得であるとの公的見解を表明したこととなり、この見解に従った本件確定申告から約三年という年月を経て更正処分をしたことは税務当局の責任を納税者に転嫁するものであり、本件各処分には信義則に反する違法がある。
(3) 権利濫用
被告は、平成三年の時点において本件譲渡による所得が短期譲渡所得に該当することを熟知していたのであるから、延滞税の増加等被告の損害を防止するために速やかに被告に対して更正処分をするかあるいは修正申告を促すべきであったのに、それを怠り、国税通則法七〇条一項により更正をすることができる期間(以下「更正期間」という。)が満了する直前の平成六年三月一〇日に至って本件各処分をしており、前記(2)の事実をも併せ考慮すれば、右処分は権利を濫用するものとして違法である。
(4) 更正期間の徒過
原告は、平成元年一二月二五日に本件譲渡に係る契約を締結した上、本件土地所有者の花岡和男(以下「花岡」という。)との賃貸借契約を解除したところ、右同日センター観光開発と花岡との間で地上権設定契約が締結されており、これにより原告は本件土地上に何らの権利も有しなくなったのであるから、本件譲渡による所得は平成元年に帰属することになる。したがって、これに関する更正処分は平成五年三月一五日までになさなければならないにもかかわらず、本件各処分は、平成六年三月一〇日にされているから、更正期間を徒過し、違法である。
(二) 本件所得税処分固有の違法事由
温泉権は、所得税法施行令八二条所定の「自己の探鉱により発見した鉱床に係る採掘権」に当たり、その譲渡による所得はいわゆる短期譲渡所得の対象物件から除外されている。仮にそうでないとしても、同条が採掘権のほか「自己の研究の成果である特許権」及び「自己の著作に係る著作権」を短期譲渡所得の対象から除外しているのは、これらの権利が成立するまでに相当の長期間を要することやそれまでの間に研究及び開発等のために多大な費用が支出されることに基づくのであるから、温泉権についても同条を類推適用して、いわゆる長期譲渡所得に区分するのが衡平の原則に合致する。
また、原告の本件土地に係る温泉権(以下「本件温泉権」という。)は、昭和五七年以前より訴外花岡の所有地に湧出していた温泉と同一の湯脈に係るものであり、採取方法を変更したにすぎないので、その取得時期も右温泉と同一の昭和五七年五月ということになる。また、原告は、昭和五七年五月に本件土地についての一切の権利を取得しているところ、土地所有権や利用権と一体をなし、その一部として取引されている温泉権の特性にかんがみれば、本件温泉権は、本件土地に関する権利と同一の時点で取得されたものと認めるのが相当である。
2 被告
(一) 本件各処分の違法事由について
(1) 理由付記の程度
本件所得税処分に係る更正通知書は、原告が主張するように本件譲渡による所得が譲渡所得に該当する旨記載されているのにとどまるが、そもそも、更正通知書における更正の理由の付記は、青色申告の承認を受けた不動産所得、事業所得及び山林所得に係る更正の場合に限り、その通知書に更正の理由を付記すれば足りるものと解されるところ、本件は、譲渡所得に係る更正処分であるので、その更正通知書に更正の理由を付記しなくても違法ではない。
(2) 信義則違反の有無
租税法規に適合する課税処分について法の一般原理である信義則の適用により当該処分を取り消し得る場合があるとしても。租税法律主義下での右法理の適用は慎重であるべきであり、その適用には少なくとも税務官庁が納税者に対して信頼の対象となる公的見解を表示したことが必要であると解すべきである。ところで、本件においては、原告の依頼を受けた戸谷税理士が松本税務署に赴いて征矢調査官に本件温泉権の譲渡について相談したことはあるが、これは単なる税務相談として行われたにすぎない上、原告の納税地を管轄する大町税務署ではなく、松本税務署に対する相談を問題とするものである以上、課税庁の公的見解が表示されたとは認められない。また、修正申告の慫慂等は、当該税務官庁の合理的裁量により行うものであり、仮に、被告が本件係争年分の前年に修正申告を慫慂しなかったとしても、そのことが当事者間の公平を失してまで原告を守るべき公的見解であるとは認められない。
(3) 権利濫用の該当性
課税庁が、申告に対する事後措置を講ずる場合に、調査を迅速にして納税者の損害を少なくする義務が存するとは認められず、また、法は、個別的大量に発生する申告に対してその都度すべてを網羅して把握することが困難であることから、国税に関する更正は、原則としてその更正に係る国税の法定申告期限から三年を経過するまではできる旨規定しているのであり、右の更正期間内に行わた本件各処分は合理的裁量の範囲を逸脱しておらず、何ら権利濫用に該当するものではない。
(4) 更正期間徒過の有無
本件譲渡においては、センター観光開発が平成二年一月一九日に長野県知事に対し「温泉に関する権利報告書」を提出し、本件温泉地の温泉を採取等する権利が右同日をもって売買を理由として原告から同社に異動した旨報告しており、大町保健所所管の温泉台帳には、本件土地に係る温泉を利用する権利等が右同日付けで原告からセンター観光開発に移転した旨記載されている。また、本件譲渡資産のうちプレハブについても、センター観光開発が右同日受付をもって所得権保存登記を経由している。さらに、原告の平成元年分所得税青色申告決算書に本件譲渡資産であるプレハブ、風呂施設、水中ポンプ及び短波治療器が資産として計上され、本件譲渡に係る代金のうち二億円が仮受金として計上され、右各資産のいずれもが期中売却と記載され、かつ、資産負債調(貸借対照表)の「資産の部」の期首欄には資産として計上されているのに、期末欄には計上されていないのであって、これらによれば、原告の収入すべき権利の確定する時期は代金の完済を受けた平成二年一月一〇日である。そして、これを前提とすれば、本件各処分は更正期間を徒過したものではない。
(二) 本件所得税処分の違法事由について
鉱業法三条によれば、鉱物として金鉱、銀鉱、銅鉱、鉛鉱などが列挙されているのに対し、温泉法二条によれば、温泉とは「地中から湧出する温水、鉱水及び水蒸気その他のガス………」と定義されており、鉱物とは明らかに異なるものであるから、所得税法施行令八二条所定の「鉱床に係る採掘権」に該当しないことは明らかである。そして、租税法律主義の下で法律の規定を類推適用することは厳に慎むべきであるとの観点からも同条が温泉権に類推適用されることはない。また、同一の湯脈であっても、掘削地点の異なる複数の温泉権はそれぞれ独立した温泉権として管理または取引の対象とされており、土地の所有権又は利用権からも独立した財産として取引の対象とされているのであるから、土地の所有権又は利用権を取得し、当該土地上の他の湯口による温泉の利用権を取得したことをもって、右土地上のこれとは別の温泉権を取得したことにはならない。したがって、本件譲渡資産である温泉権の取得日は、当該建設等が完了した日である昭和六三年一二月一二日である。
第三争点に関する当裁判所の判断
一 本件各処分の違法性の存否
1 理由付記の不備の主張について
本件所得税処分に係る平成六年三月一〇日付け更正通知書には本件譲渡による所得が譲渡所得に該当する旨記載されているにとどまり、総合短期所得に該当する旨付記されていないことは、当事者間に争いがない。
ところで、所得税法一五五条二項によれば、税務署長が居住者の提出した青色申告書に係る年分の総所得金額、退職所得金額若しくは山林所得金額又は準損失の金額の更正をする場合には、その更正に係る通知書に更正の理由を付記することが要求されているが、同項の括弧書きにおいて、前項一号に規定する事由のみに起因する更正を除くとされており、同条一項一号所定の不動産所得、事業所得及び山林所得以外の各種所得の金額の計算等について誤りがあったことのみに基因する場合には、理由付記に関する規定の適用から除外される旨定められている。
本件所得税処分は、譲渡所得の金額に関する更正であり、前記規定の適用が除外される場合に該当するので、理由の付記は法律上必要とされておらず、この点に関し右処分に違法はない。そして、この点の違法を前提とする本件消費税処分に関する違法の主張もまた理由がない。
2 信義則違反の主張について
戸谷税理士が松本税務署において征矢調査官に温泉権の譲渡について相談したことは当事者間に争いがない。
ところで、原告の主張は、要するに租税法規に適合する課税処分がなされても、税務官庁がこれと異なる見解をいったん表明した場合には、信義則の適用により右課税処分を違法なものとして取り消すべきであるとするものである。
しかしながら、国民の財産に重大な影響を及ぼす租税法律関係においては、租税法律主義の原則が貫かれるべきであり、信義則等の一般条項により租税法規の適用が不明確となり、法規に適合して納税している国民との間で不平等が生ずるような事態は避けなければならない。したがって、右の一般条項の適用は、納税者間の平等や公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情が存する場合に初めて肯定できるというべきである。そして、右の特別の事情が存するか否かの判断に当たっては、税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したため、納税者がその表示を信頼し、その信頼に基づいて行動したところ、後に右表示に反する課税処分が行われ、これにより納税者が経済的な不利益を受けることになったか否か、また、納税者が右のような行動をしたことについて納税者の責に帰すべき事由がないかという点を考慮しなければならないと解される(最高裁判所昭和六二年一〇月三〇日第三小法廷判決・判例時報一二六二号九二頁参照)。
しかるに、原告の主張によっても、本件各処分に係る課税庁とは異なる隣接税務署の職員が税務相談に際して、法規の適用について見解を述べたというのであり、これが税務官庁における公的見解の表示ということができないことは明らかである。そして、原告が法規の適用に関する見解の相違によって不利益を被ったかのような外観を呈するとしても、それは、適正な法規の適用によって生ずるものであって、いわば当然の結果というほかないから、誤った法規の適用に関する信頼を保護すべき必要性も存しない。
また、証拠(甲第一号証、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件譲渡に先立つ平成元年に訴外ホテル国富に対して本件温泉権とは別の温泉権又は掘削権を譲渡したことがあり、これによる所得について、戸谷税理士の関与の下に一時所得として申告をしたところ、被告が修正申告の慫慂等の事後的措置を執らなかった事実が認められるけれども、修正申告の慫慂等は、課税庁の裁量的判断により行うものであるから、仮にこのような措置を執らなかったとしても、これによりその年分以降の当該納税者に対する租税法規の適用について公的見解を表示したことになるものでないことも明らかである。
以上によれば、本件処分について信義則に違反する違法があったと認めることはできない。
3 権利濫用の主張について
国税通則法七〇条一項によれば、国税の更正は原則としてその更正に係る国税の法定申告期限から三年を経過するまで可能であるところ、本件各処分は右期間内に行われており、更正期間が経過する間際であることが権利濫用となると解する余地はない。そして、原告がここで援用する権利濫用の法理は、前項で検討した一般条項の一つであるから、その適用のためには前判示のような要件が必要とされるところ、これを認めるに足りる事情は存しない。
したがって、本件各処分にはこの点の違法もない。
4 更正期間徒過の主張について
(一) 証拠(甲第一四号証、第一八号証の一ないし三、第一九号証、乙第一ないし第三号証、第五ないし第八号証、第一二号証、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告とセンター観光開発の間の本件譲渡に係る営業権譲渡契約は、平成元年一二月二五日に締結され、契約代金のうち二億円が即日原告に支払われたこと、センター観光開発は、平成二年一月一九日長野県知事に対し「温泉に関する権利報告書」を提出し、本件土地に係る温泉から温泉を採取する権利が右同日をもって売買により原告から同社に異動した旨報告していること、大町保健所の所管する温泉台帳においては、本件土地に係る温泉について、その採取権者の住所氏名欄に、右同日付けで原告からセンター観光開発への権利変動があった旨記載されており、また、その温泉利用許可状況欄には、同月一八日に原告の利用許可が廃止され、同月一九日にセンター観光開発に許可が行われた旨記載されていること、本件譲渡資産であるプレハブについては、右同日受付をもってセンター観光開発のために所有権保存登記が経由されていること、原告の平成元年分の所得税青色申告決算書には、本件譲渡資産のうちプレハブ、風呂施設、水中ポンプ及び短波治療器が期末における資産として計上されており、また、本件譲渡に係る代金のうち二億円が仮受金として資産負債調の負債資本の部に計上されていること、また、原告の平成二年分の所得税青色申告決算書においては、右各資産のいずれもが期中売却と記載され、他方、期首に仮受金として計上されていた二億円が期末には計上されていないこと、花岡が平成元年一二月二五日に本件土地につきセンター観光開発に対して地上権を設定し、平成二年一月九日受付をもってその旨の登記が経由されていること、原告は、本件譲渡による所得について、平成元年分の確定申告においては計上せず、平成二年分の確定申告において計上していること、以上の各事実を認めることができる。
(二) ところで、所得税法三六条一項は、収入金額・総収入金額の範囲について「その年分の各種所得の金額の計算上収入金額とすべき金額又は総収入金額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、その年において収入すべき金額…………とする。」と規定しているところ、資産の譲渡による所得は、特別の定めがない以上、譲渡の時点で所得が生じたものとして課税するのが同法の立場であり、この譲渡の時点をどの段階でとらえるのかは検討を要するけれども、譲渡契約に基づく確実な履行行為が行われたとき、すなわち、ただ単に契約を締結しただけではなく、その履行として所有権移転登記等の対抗要件を具備させるか、あるいは譲渡資産の引渡しが行われたときと解するのが相当である。
本件においては、前判示のとおり、売買契約及び代金の一部の支払が平成元年一二月二五日になされているものの、温泉権の帰属に関し実質的な公示の役割を果たす温泉台帳やプレハブの登記においては、平成二年一月一九日に権利が移転したものとされており、また、代金が完済されたのは同月一〇日であるから、本件譲渡に係る契約に基づく確実な履行行為が行われたのは、早くとも平成二年一月一〇日になってからというべきであり、したがって、右所得は平成二年分に帰属することとなる。
なお、原告は、平成元年一二月に本件土地についてセンター観光開発に地上権が設定されたことをもって、自己が本件温泉権及びその附属施設に関する支配権を失っているから、その時点で引渡しがあった旨主張するが、センター観光開発の地上権と原告の温泉権及びその付属施設に関する支配とは両立し得ないものではなく、地上権が設定されたことのみをもって原告の支配が移転したとみることはできない。
そして、本件譲渡による所得が平成二年分に帰属するものとして自ら確定申告した原告が更正期間の徒過の関係においてのみこれが平成元年分に帰属する旨主張するのは背理というほかなく、これを採用することはできない。
したがって、本件各処分には更正期間徒過の違法はない。
二 本件所得税処分固有の違法事由について
(一) 租税法律関係においては、納税者の公平をい確保するために法規の解釈を客観的かつ厳密に行うべきであると解されるところ、本件温泉権が所得税法施行令八二条にいう「自己の採掘により発見した鉱床に係る採掘権」に該当しないことは文言上明らかであり、同条所定の他の物件との類似性から自己の採掘した温泉権にも同条を類推適用すべきとの解釈も採用し得ない。
(二) 証拠(甲第四号証、第五号証の一、二、第六号証の一ないし五、第七号証の一ないし一一、第八号証の一、二、甲第一〇、第一一号証、第一二号証の一、二、第一三、第一四号証)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、昭和五七年春ごろ、本件土地近傍の別紙図面B点に温泉が湧出していることに注目し、温泉として利用するため花岡に対し土地の借受けを申し入れたことから、両者間で本件土地の賃貸借が成立したこと、当初は、B点に露天風呂を作り、温泉として利用していたが、姫川の氾濫による施設の流失が頻発したことや、本格的な温泉営業を始めようと考えたことから、B点の一段上の地点に施設を建設し、拡大して営業を行うことを計画したこと、そして、B点から一段上の地点にまで湯をポンプアップして利用することを考えたものの、姫川の氾濫が予想され、河川近くに施設を設置することは危険であったことなどから、一段上の地点から直下に掘削をして温泉を採取することを計画し、昭和六三年一二月一二日にその湯口から温泉を採取するに至ったこと、以上の各事実を認めることができる。
ところで、資産の取得時期については、所得税基本通達三三―九にいうところの「自ら建設、製作又は製造をした資産については、当該建設等が完了した日」と解すべきところ、前判示の各事実に徴すれば、本件温泉権については、温泉の採取を始めた昭和六三年一二月一二日がその取得時期ということになる。
この点に関し、原告は、昭和五七年にB点に施設を設けようとした温泉と本件温泉権に係る温泉が同一湯脈であることを理由として、本件温泉権の取得時期は昭和五七年である旨主張するが、湯脈の同一性を認めるに足りる証拠は存しないばかりでなく、乙第一二号証によれば、長野県衛生部においては湯脈の同一性、地番の同一性に関わらず、湯口が別個であれば別の温泉権として扱い、それぞれの温泉台帳を作成して、温泉名、所在地、温泉所有者、権利の変動状況等を記載しており、掘削地点の異なる複数の温泉権はそれぞれ別個の温泉権として管理、取引されていることが推認されるから、その取得時期も湯口ごとに別個のものというべきであり、原告の主張はその前提を欠くものであるといわざるをえない。
また、原告は、本件温泉の周辺地域では、温泉権が所在土地の所有権、利用権と一体をなして取引されている旨を主張するが、右のような慣習の存在を裏付けるに足りる証拠はない。
そうすると、本件温泉権の取得時期は昭和五七年であることに基づいて本件譲渡による所得がいわゆる長期譲渡所得に区分されるべきであるとの主張は理由がない。
第四結論
以上の次第で、本件各処分は適法であり、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して主文のとおり判決する。
(平成一一年二月四日 口頭弁論終結)
(裁判長裁判官 齋藤隆 裁判官 針塚遵 裁判官 廣澤諭)
別紙(一)
本件所得税の更正処分経緯
<省略>
別紙(二)
本件消費税更正処分の経緯
<省略>
別紙(三)
譲渡所得の金額
<省略>
別紙(四)
譲渡所得に係る収入金額及び取得費の内訳
<省略>
別紙図面
<省略>